法座(法座概要)

2013年6月

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1日(土)
朝の仏教講座 7:00 ~ 8:20 ※晨朝に引き続き40分間
 菅 純和/月刊誌「御堂さん」編集長/心・コロコロ
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 森田 瑞穂/本願寺派布教使(大阪教区石川北組願行寺)/聞法とボランティア活動
【朝の仏教講座 】 1日(土) 7:00~8:20
「 心(こころ)・コロコロ 」
月刊誌「御堂さん」編集長  菅 純和(すが じゅんわ)
人間には心があります。しかし、心とは何か。心はどこにあるのか。分からないことだらけですが、人はみな、心で物を見て、心で音を聞いているのです。だから同じ物を見ても、見え方は千差万別のはずです。でも、そのことをつい忘れてしまうのです。自分が見えているように人も見ているのだと思ってしまう。だから他人を理解出来ないということも起きて来るのでしょう。今回は、そんなお話を少ししてみます。

【 土曜講座 】  13:30 ~ 15:00
1日(土)「 聞法(もんぼう)とボランティア活動(かつどう)
森田 瑞穂(もりた みずほ)(大 阪)
仏法を学ぶことは、人の痛みのわかる心を育てていく事であります。人の悲しみを共に悲しめるような人間に育っていく。これが学仏大悲心を学ぶことです。しかし私たちは聖道の慈悲は徹底しない。浄土の慈悲のみが末通った慈悲であり、念仏して仏になって思うように衆生を救うことが私たちにできる本当の慈悲であると言って、今目の前で苦しみ悩んでいる人達を救いたいという思いを、それは末通らない行為であると切りすてていくような所がありはしないか? こうした事でいいのかを考えてみたいと思います。
2日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 佐々木 義信/本願寺派布教使(大阪教区大鳥北組圓龍寺)/浄土真宗の生活信条に聞く
お花講 13:30 ~ 15:30
 佐々木 義信/本願寺派布教使(大阪教区大鳥北組圓龍寺)
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
2日(日)「 浄土真宗(じょうどしんしゅう)の生活信条(せいかつしんじょう)に聞(き)く 」
佐々木 義信(ささき ぎしん)(大 阪)
浄土真宗には念仏者の方向、姿勢を表した生活信条というものがあります。
この生活信条は1958(昭和33)年4月、光照門主が全門信徒に対して教示されたものであります。
念仏者として、実はあたりまえの生活でありますが、一つひとつの信条を今の私の生活に照らし合わせてみますと「お恥ずかしい」の一言であります。
まことに厳しい生活信条でありますが、これこそが浄土真宗の念仏者の基本的立場であることを忘れぬよう努めてまいりましょう。
3日(月)
4日(火)
5日(水)
6日(木)
7日(金)
8日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 不死川 浄/本願寺派布教使(大阪教区天野北組明教寺)/愚かさを知る 
法友会(総会 15:10~15:30)
 15:30 ~ 16:30
  不死川 浄/本願寺派布教使(大阪教区天野北組明教寺)
 16:30 ~ 17:30
  潮留 寛志 /勤式練習
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
8日(土)「 愚(おろ)かさを知(し)る 」
不死川 浄(しなずがわ じょう)(大 阪)
聞くというは、「仏願の生起本末を聞く」と言われるように、何故念仏が私たちのために届けられたかという仏の願いを聞くことです。
また、ベルギーのアドリアン・ペール博士が「念仏者とそうでない人間に違いがあるとすれば、それは阿弥陀様から己の姿を知らされているという点だけであります」と述べられているように、阿弥陀様の智慧の光に照らされ、わが身が「罪悪深重煩悩具足の凡夫」という我が身の本性・愚かさが知らされるのです。我が身の愚かさが知らされれば、私のために念仏が届けられていることが知らされるのです。
9日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 喜多 唯信/本願寺派布教使(大阪教区茅渟組光瀧寺)/聖浄二門について
一味会 13:30 ~ 15:30
 髙田 慈昭/行信教校 講師・司教
 星野 親行/本願寺派布教使(大阪)
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
9日(日)「 聖浄二門(しょうじょうにもん)について 」
喜多 唯信(きた ゆいしん)(大 阪)
この度のご法縁では、聖道門・浄土門について皆さまと共に味わわせていただきたいと思います。
お釈迦様一代の教えを聖道門・浄土門という二つの流れに分類されたのは、七高僧の中の第四祖道綽禅師でした。しかし、聖道門・浄土門という聖浄二門の教えは、長い間注目される事がありませんでした。この聖浄二門に再び光を当てられたのが法然聖人だったのです。では聖道門・浄土門とはどのような教えなのかを、皆さまとお聴聞させていただき、味わわせていただきたいと思います。
10日(月)
11日(火)
12日(水)
13日(木)
婦人会 13:30 ~ 15:00
 北條 宗圀/本願寺派布教使(奈良教区葛城中組光輪寺)
14日(金)
常例布教 14日(金)逮夜 ~ 17日(月)日中
 松月 博宣/本願寺派布教使(福岡教区志摩組海徳寺)/さとれない者のすくい
【 常例布教 】 14日(金)~17日(月)
「 さとれない者(もの)のすくい 」
松月 博宣(まつづき はくせん)(福 岡)
私たちは「我、何を為すべきか」ということを良とします。これは一見賢そうに見えます。人間の賢さは阿弥陀さまのお救いの邪魔をします。ご開山さまが一生、師と仰がれた法然聖人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と仰せです。
私のその賢さの限界を知らしめ、同時に愚かさを思い知らせてくださるのが阿弥陀さまでありました。愚かさそのものの凡夫でしかあり得ない私を、阿弥陀さまは「まかせよ、そのまま救う」とお名告(なの)りであります。
15日(土)
常例布教 14日(金)逮夜 ~ 17日(月)日中
 松月 博宣/本願寺派布教使(福岡教区志摩組海徳寺)/さとれない者のすくい
【 常例布教 】 14日(金)~17日(月)
「 さとれない者(もの)のすくい 」
松月 博宣(まつづき はくせん)(福 岡)
私たちは「我、何を為すべきか」ということを良とします。これは一見賢そうに見えます。人間の賢さは阿弥陀さまのお救いの邪魔をします。ご開山さまが一生、師と仰がれた法然聖人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と仰せです。
私のその賢さの限界を知らしめ、同時に愚かさを思い知らせてくださるのが阿弥陀さまでありました。愚かさそのものの凡夫でしかあり得ない私を、阿弥陀さまは「まかせよ、そのまま救う」とお名告(なの)りであります。
16日(日)
常例布教 14日(金)逮夜 ~ 17日(月)日中
 松月 博宣/本願寺派布教使(福岡教区志摩組海徳寺)/さとれない者のすくい
廣輪会 13:30 ~ 15:00?※常例布教併催
 松月 博宣/本願寺派布教使(福岡教区志摩組海徳寺)
【 常例布教 】 14日(金)~17日(月)
「 さとれない者(もの)のすくい 」
松月 博宣(まつづき はくせん)(福 岡)
私たちは「我、何を為すべきか」ということを良とします。これは一見賢そうに見えます。人間の賢さは阿弥陀さまのお救いの邪魔をします。ご開山さまが一生、師と仰がれた法然聖人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と仰せです。
私のその賢さの限界を知らしめ、同時に愚かさを思い知らせてくださるのが阿弥陀さまでありました。愚かさそのものの凡夫でしかあり得ない私を、阿弥陀さまは「まかせよ、そのまま救う」とお名告(なの)りであります。
17日(月)
常例布教 14日(金)逮夜 ~ 17日(月)日中
 松月 博宣/本願寺派布教使(福岡教区志摩組海徳寺)/さとれない者のすくい
【 常例布教 】 14日(金)~17日(月)
「 さとれない者(もの)のすくい 」
松月 博宣(まつづき はくせん)(福 岡)
私たちは「我、何を為すべきか」ということを良とします。これは一見賢そうに見えます。人間の賢さは阿弥陀さまのお救いの邪魔をします。ご開山さまが一生、師と仰がれた法然聖人は「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と仰せです。
私のその賢さの限界を知らしめ、同時に愚かさを思い知らせてくださるのが阿弥陀さまでありました。愚かさそのものの凡夫でしかあり得ない私を、阿弥陀さまは「まかせよ、そのまま救う」とお名告(なの)りであります。
18日(火)
19日(水)
20日(木)
21日(金)
22日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 西村 哲夫/本願寺派布教使(大阪教区河中北組浄福寺)/行者の計らいにあらず
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
22日(土)「 行者(ぎょうじゃ)の計(はか)らいにあらず 」
西村 哲夫(にしむら てつゆう)(大 阪)
明治になって、NATURE(ネイチャー)と言う言葉が入ってきた。この時の日本語には訳す言葉が見あたらず、仏教用語の自然(じねん)をしぜんと読ませこれに当てたと聞く。
「自(おの)ずから然(しか)らしめる」私がどうあがこうとも、どうにも成らない。成るようにしか成らないの意味である。如来のお救いは、こちらの計らいを微塵も交えることのない一方通行。我を仏にするという誓いであった。
23日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 義本 弘導/本願寺派布教使(大阪教区交野組浄行寺)/幸せ ~ブータンに学ぶ~
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
23日(日)「 幸(しあわ)せ ~ブータンに学(まな)ぶ 」
義本 弘導(よしもと こうどう)(大 阪)
一昨年ブータンに行ってきました。ブータンの人たちはほぼ全員が幸せだといいますが、それが本当かどうかを確かめたかったからです。実際に会う人会う人に幸せかどうか尋ねたのですが、やはり、全員が幸せだと答えてくれました。そして、国の方針が経済的な発展をめざすのではなく、GNH(国民総幸福量)を提唱して、国民の幸福度で国の豊かさを表しています。そこには、仏教を元にした幸せがあるようです。そのことをうかがっていくことにします。

24日(月)
25日(火)
26日(水)
27日(木)
28日(金)
29日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 加藤 定厚/本願寺派布教使(大阪教区榎並組大行寺)/超日月光
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
29日(土)「 超日月光(ちょうにちがっこう)
加藤 定厚(かとう じょうこう)(大 阪)
この地上の一切のものが、このひとときを生きる背景に、宇宙の果てまでもの働きを、それぞれに一身にいただいている。この天地間の一切のものが、つながりあい支えつ支えられつつあるというのが仏教の説く縁起である。いかにあるか、いかに生かされているかがわかれば、おのづから、いかにあるべきか、どう生きたらよいかの答は出る。全体に生かされているこの生命の営みなら、つねに全体という視点のもとに今ここを生きてゆこうという事がわかる。
30日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 西原 法興/本願寺派布教使(大阪教区河中北組浄向寺)/大原問答 前段
一味会 13:30 ~ 15:30
 梯 實圓/行信教校 名誉校長・勧学
 髙田 慈昭/行信教校 講師・司教
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
30日(日)「 大原問答(おおはらもんどう) 前段(ぜんだん)
西原 法興(にしはら ほうこう)(大 阪)
大原問答とは文治2(1186)年に大原の立禅寺において、法然聖人と南都北嶺の碩学たちとの間で行われた宗義上の大論争です。それ以降専修念仏のみ教えは、大いに隆盛をむかえることになりました。
交わされた問答数については諸説ありますが、大正時代の説教本では、その数を十二問答とし十日間にわたって口演していたようです。
今席は冒頭の二三の問答を語るに留めようと思います。