法座(法座概要)

2015年10月

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1日(木)
朝の仏教講座  7:00 ~ 8:20 ※晨朝に引き続き40分間
 松井 正彦/中央仏教学院講師(四州教区宇南組西林寺)/恩師の生き方に学ぶ
【朝の仏教講座 】 1日(木) 7:00~8:20
「 恩師(おんし)の生(い)き方(かた)に学(まな)ぶ 」
中央仏教学院講師  松井 正彦(まつい まさひこ)
まもなく、恩師朝倉顕祥先生の三回忌を迎えますが、朝倉先生にお導きいただいた二十六年間を振り返ってみたいと思います。私の人生の中で、一番身近で、親しく、一番多くお酒をくみかわすことができた朝倉先生。共に過ごさせていただいた中で聞いたお話、お念仏、その中で特に口癖のように言われていた「おうやまい」という言葉について、先生の生き方を思い返しながら、先生がもっとも大切にされていたことを味わってみたいと思います。
2日(金)
3日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:40
 大阪教区布教団 聞法の集い①
  北山 融(石川北組元勝寺)/加藤龍行(茨田組明光寺)
  まとめの法話:味府浩子(大阪教区布教団副団長)
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:40
3日(土) 大阪教区布教団 聞法の集い①
(13時30分~15時40分)
北山 融(きたやま ゆう)・加藤 龍行(かとう りゅうぎょう)・味府 浩子(あじふ ひろこ)
4日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 髙田 慈昭/本願寺派布教使(大阪教区東住吉組慈光寺)/すくいとさとり
お花講 13:30 ~ 15:30
 髙田 慈昭/本願寺派布教使(大阪教区東住吉組慈光寺)
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
4日(日)「 すくいとさとり 」
髙田 慈昭(たかだ じしょう)(大 阪)
親鸞聖人は往生浄土という往生ということばに、「即得往生」と「難思議往生」という二つの往生を示されました。「即得往生」は、今日只今の救いをあらわす信心の利益をあらわし、「難思議往生」は、いのち終わって浄土へ生まれて涅槃のさとりをひらくことを明らかに示されています。
すると、浄土真宗のすくいは、現生いまの人生の上で語られる言葉であり、今救われた念仏者は、浄土への道となった人生を歩むことであり、そのものこそ、いつ、いのちが終わってもお浄土のさとりを聞かせていただく幸せものであります。
5日(月)
6日(火)
7日(水)
8日(木)
9日(金)
10日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 濱畑 僚一/本願寺派布教使(大阪教区島上西組常見寺)/こころをあらはす
法友会(報恩講) ※15:30~勤行 引き続き法座
 15:30 ~ 16:00 報恩講法要
 16:15 ~ 17:15 濱畑 僚一/本願寺派布教使(大阪教区島上西組常見寺)
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
10日(土)「 こころをあらはす 」
濱畑 僚一(はまはた りょういち)(大 阪)
親鸞聖人の『尊号真像銘文』には、世親菩薩の『浄土論』の御文が釈されています。そこには、聖人が「敬信尊号」と大切にされた「帰命尽十方無碍光如来」のお言葉が出てまいります。
十字名号とも呼ばれる、このお言葉は、「南無阿弥陀仏」という仏さまが人生に迷う人と、どのような関わりを持っているのか、について、善導大師とは別の面から顕わされたものであり、「仏さま」そのものでもあると、聖人はお考えになっていたようです。
御文に沿い、お聴聞させていただきます。
11日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 三原 信隆/本願寺派布教使(大阪教区大阪西組浄徳寺)
 信心の人をば、諸仏とひとしと申すなり
一味会 13:30 ~ 15:30
 若林 眞人/本願寺派布教使
 利井 唯明/行信教校 校長
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
11日(日)「 信心(しんじん)の人(ひと)をば、諸仏(しょぶつ)とひとしと申(もう)すなり 」
三原 信隆(みはら しんりゅう)(大 阪)
親鸞聖人のお手紙の一節を講題といたしました。
親鸞聖人は、私たちのことを諸仏と等しいんだ、と仰ってくださっています。一方で、『一念多念文意』では「無明煩悩われらが身にみちみちて、(中略)臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえず」と死ぬまで我らは煩悩具足の凡夫だよ、ともいわれます。
煩悩具足の凡夫をどうして仏と等しい、と仰るのか。そのお心をご一緒に味わいたいと思います。
12日(月)
13日(火)
婦人会 13:30 ~ 15:30 (物故者追悼法要)
 不死川 浄/本願寺派布教使(大阪教区天野北組明教寺)
14日(水)
常例布教 14日(水)逮夜 ~ 17日(土)日中
 那須 英信/本願寺派布教使(備後教区沼隈南組善正寺)/お聴聞の日々
【 常例布教 】 14日(水) ~ 17日(土)
「 お聴聞(ちょうもん)の日々(ひび)
那須 英信(なす えいしん)(備 後)
親鸞聖人の生涯課題は“生死出づべき道”と言って良いでしょう。現代を生きぬく私たちはいかに日々を過ごすか、親鸞聖人は『浄土三部経』を頂いて“聞其名号”に極まる事を教えてくださいました。現代において、お聴聞の日々を過ごす事がいかに大切であるか、曇鸞大師のお言葉を引用された親鸞聖人のお味わい“衆生仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし これを聞といふなり”をいただきながら、現代人の日々の有様を共にお聞かせいただきたく思います。
15日(木)
常例布教 14日(水)逮夜 ~ 17日(土)日中
 那須 英信/本願寺派布教使(備後教区沼隈南組善正寺)/お聴聞の日々
【 常例布教 】 14日(水) ~ 17日(土)
「 お聴聞(ちょうもん)の日々(ひび)
那須 英信(なす えいしん)(備 後)
親鸞聖人の生涯課題は“生死出づべき道”と言って良いでしょう。現代を生きぬく私たちはいかに日々を過ごすか、親鸞聖人は『浄土三部経』を頂いて“聞其名号”に極まる事を教えてくださいました。現代において、お聴聞の日々を過ごす事がいかに大切であるか、曇鸞大師のお言葉を引用された親鸞聖人のお味わい“衆生仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし これを聞といふなり”をいただきながら、現代人の日々の有様を共にお聞かせいただきたく思います。
16日(金)
常例布教 14日(水)逮夜 ~ 17日(土)日中
 那須 英信/本願寺派布教使(備後教区沼隈南組善正寺)/お聴聞の日々
【 常例布教 】 14日(水) ~ 17日(土)
「 お聴聞(ちょうもん)の日々(ひび)
那須 英信(なす えいしん)(備 後)
親鸞聖人の生涯課題は“生死出づべき道”と言って良いでしょう。現代を生きぬく私たちはいかに日々を過ごすか、親鸞聖人は『浄土三部経』を頂いて“聞其名号”に極まる事を教えてくださいました。現代において、お聴聞の日々を過ごす事がいかに大切であるか、曇鸞大師のお言葉を引用された親鸞聖人のお味わい“衆生仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし これを聞といふなり”をいただきながら、現代人の日々の有様を共にお聞かせいただきたく思います。
17日(土)
常例布教 14日(水)逮夜 ~ 17日(土)日中
 那須 英信/本願寺派布教使(備後教区沼隈南組善正寺)/お聴聞の日々
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 加藤 定厚/本願寺派布教使(大阪教区榎並組大行寺)/阿弥陀さまとともに
【 常例布教 】 14日(水) ~ 17日(土)
「 お聴聞(ちょうもん)の日々(ひび)
那須 英信(なす えいしん)(備 後)
親鸞聖人の生涯課題は“生死出づべき道”と言って良いでしょう。現代を生きぬく私たちはいかに日々を過ごすか、親鸞聖人は『浄土三部経』を頂いて“聞其名号”に極まる事を教えてくださいました。現代において、お聴聞の日々を過ごす事がいかに大切であるか、曇鸞大師のお言葉を引用された親鸞聖人のお味わい“衆生仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし これを聞といふなり”をいただきながら、現代人の日々の有様を共にお聞かせいただきたく思います。
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
17日(土)「 阿弥陀(あみだ)さまとともに 」
加藤 定厚(かとう じょうこう)(大 阪)
人生とは、滅びゆくものであるとするならば、むなしいものです。浄土に生まれさせていただくわが身であると気づくことが出来れば、老病死が決して人生の敗北ではなく、新しい価値が開かれ、私の人生にさらに輝きをもたらしてくれるものであると受けとることが出来、そこには老いも若きもなく、今あることを喜ぶという人生をおくらせていただける、それが佛道お浄土参りの人生です。一人寂しいと思うことがあっても、阿弥陀さまはいつも一緒にいてくださいます。そのことが限りない阿弥陀さまの本願力にあうということです。
18日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 小村 賢昭/本願寺派布教使(大阪教区川北組西光寺)/『御文章』をいただいて
廣輪会 13:30 ~ 15:00
 小村 賢昭/本願寺派布教使(大阪教区川北組西光寺)/阿弥陀様のはたらき
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
18日(日)「 『御文章(ごぶんしょう)』をいただいて 」
小村 賢昭(こむら けんしょう)(大 阪)
勤行や法話の後に拝読されます『御文章』、いうまでもなく蓮如上人が当時の門弟たちにお念仏の教え、親鸞聖人の教えをお手紙にして出されたものであります。
その『御文章』を通して「信心正因、称名報恩」などについて、浄土真宗の教えをうかがい、『御文章』を生活の中で身近に感じていただければと思います。
19日(月)
20日(火)
21日(水)
22日(木)
23日(金)
24日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 藤原 修/本願寺派布教使(大阪教区河中南組正善寺)
 宝の山に入りて手を空しくして帰ることなかれ
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
24日(土)「 宝(たから)の山(やま)に入(い)りて手(て)を空(むな)しくして帰(かえ)ることなかれ 」
藤原 修(ふじわら おさむ)(大 阪)
人の命を受けなければ、仏法に出遇うことができません。仏法に出遇っても、気づかず通り過ぎる。それが私のいのちの本質です。三帰依文には「この身今生にむかって度せずんば、さらにいずれの生にむかってかこの身を度せん」とあります。何としてでも、この機会を逃してはなりません。まことに、『まさに知るべし、苦海を離れて浄土に往生すべきこと、ただ今生にのみあり』『宝の山に入りて手を空しくして帰ることなかれ』と源信和尚が示されるところです。
25日(日)
日曜講演 10:30 ~ 12:00
 義本 弘導/本願寺派布教使(大阪教区交野組浄行寺)
 真実の浄信 億劫にも獲がたし
【 日曜講演 】 10:30 ~ 12:00
25日(日)「 真実(しんじつ)の浄信(じょうしん) 億劫(おっこう)にも獲(え)がたし 」
義本 弘導(よしもと こうどう)(大 阪)
『正信偈』の最初のご和讃に「弥陀成仏のこのかたは・・・」があります。阿弥陀さまは十劫の昔に成仏されたとお示しくださっています。成仏されたということは、ご自身の願いが成就されたということであり、その願いは一切のいのちあるものを救う仏になるということでしたから、十劫の昔に私が救われることが成就されたことになります。しかし、私は、未だにこの迷いの境涯にいます。阿弥陀さまの救いは十劫の昔に成就されているのに、なぜ救われていないのか、そのことをご讃題の「真実の浄信 億劫にも獲がたし」からうかがっていこうと思います。
26日(月)
27日(火)
28日(水)
29日(木)
30日(金)
31日(土)
土曜講座 13:30 ~ 15:00
 髙藤 秀善/本願寺派布教使(大阪教区榎並組善立寺)/無碍の一道
【 土曜講座 】 13:30 ~ 15:00
31日(土)「 無碍(むげ)の一道(いちどう)
髙藤 秀善(たかふじ しゅうぜん)(大 阪)
『歎異抄』第七条では、「念仏者は無碍の一道なり」と言われます。私たちは、碍(さわ)りばかりの人生であっても、その碍りを超えていける、お念仏の道を与えられています。『尊号真像銘文』には、「衆生の煩悩悪業にさへられざるなり」と言われます。「無碍」とは、自分に執着し、愛と憎しみに振り回されて、「ええや悪いや」「損や得や」と、煩悩まみれの私たちを、なんの碍りもなく救ってくださる「阿弥陀如来の救いの絶対性」をあらわすお言葉でもあります。