沿革

仏教はだれのもの

  仏教について考えてみましょう。仏教は先祖のことだとか、老人のためのものだとか、死人のあるときだとか区別のない、生命あるすべてのものが仏の教えの対象なのです。

 仏教のご縁にはまだまだ早いと思っておられるあなたも、すでに仏の教えの対象に入っているというわけなのです。仏の教えからは逃げているつもりでも逃げられないのです。

 仏教とは「仏の教え」であり、「仏になる教え」であります。仏になるのはご先祖ではなく、一寸先が闇で明日のいのちもわからない生活をしている私なのです。
私が仏の教えを聞いて仏になる教えですから、私がお留守では仏教にならないのです。

 世間には先祖があると仏縁があって死人がないと仏縁がない、先祖のない人はひとりもないので、先祖のいのちが「あなたのいのち」なのです。人すべて、「はじめに親あり」です。

 仏教は一切のすがたは縁によって起ると教えられていますから、先祖をご縁として仏縁に会い法を聞くことも尊いことです。

 古来、仏教のことを仏法とも言われたもので、「法」とは、はたらきのことです。法とは「支える」「保つ」「守る」はたらきのあることを法といわれているので、例えば老人医療法と言う法律があるとすると、国内どこでも老人はだれでも、分けへだてなく「支え」「保つ」「守る」はたらきによって治療をうけることができるのです。そのはたらきのことを法と申します。

 仏法とは一切の衆生を慈悲と智慧のはたらきで、必らず支え保ち守ってくださっている、仏のはたらきにつつまれていることを教えくださるのが仏教であります。

『聞法(昭和62年8月1日発行)』 (著者 : 武田 智徳)より