沿革

仏はいずこにも

 人の寿命は五十年、八十年などを一代とし、長いようで短いはたらきです。この世といいますが、人間のはたらきはこの世のすべての人に対してはたらきかけられるかと言うとそうはいかないのです。我が子だけとか、身内だけとか限られた範囲でのはたらきしかできないのです。

 仏さまのはたらきは三世十方で、しかも衆生のひとつのいのちも落ちこぼすことなく、ひかりといのちをもって摂め取ってくださることをお釈迦さまが教えてくださったのです。

 三世は無始以来の過去、確かなる現在、無限の未来のことで、十方は東西南北の四方と南東、南西、北東、北西の四隅と上下の併称です。その中に生きる衆生です。衆多の生死をくりかえすもの、また、衆多の妄想を生起するものが衆生とありますから、あなたのいのちもその中にあるのです。

 しかも、仏さまの慈悲と智慧のはたらきは、人間だけでなく「十界」に及んでいます。

 十界とは苦しみが命のすべてである地獄、欲しい欲しいの心が命の餓鬼、欲望だけが生きがいの畜生、争い心や思ってはならないことが思える修羅、迷いの世界ではあるが辛い聞法をすることのできる人間、楽しみばかりの天上、教えを聞いて悟りを開く声聞、自分ひとりで悟る縁覚、仏たらんと志ざして修行する菩薩、真理を悟り衆生をも悟らしめる覚者を仏とする十界であります。

 このうち地獄から人間まではそれぞれ同居しているとあって、姿は人間でも心は苦悩や欲望、争いに満ちて、人をきずつけ、心で人を殺したりする恐ろしい心の持ち主ですから同居とあるのです。これらのすべてにわたって仏のはたらきは至りとどいているのです。

『聞法(昭和62年8月1日発行)』 (著者 : 武田 智徳)より