沿革

人間の本性

 自分の目で自分の顔を見ることが出来ないように、私たちは自分で本当の自分を見ることが出来ません。自分の顔を見る時には鏡を用いればよいのですが、自分自身の本当の姿は仏さまのみ教えにより知らされる以外ないのです。仏さまのみ教えによってこそ本当の自分が知らされ、自分の本性が見えてくるのです。

 例えば、道路に一万円札が落ちていたとしましょう。あなたはどうされますか。警察に届ける人、そのまま自分のポケットにそっとしまう人とに分けられると思います。「届ける人」は正直者と言われます。自分のものにしてしまう人は皆から良くは言われません。

 ここで少し考えてみたいと思います。私たちはひらってからのことばかりで判断しようとしますが、落ちているお金を見つけて、ひらうまでの動作や思いは問題にされておりません。人間の本性は一人のときに出るといいます。お金を見つけてひらうまでに何らかの動作をします。例えば前後左右を見ますね。それも無意識の内にです。どうして前後左右を見てしまうのか。はずかしいこと、恐ろしいことですが、誰も見ていなければ自分の所持金にしてしまおうという思いがそうさせるのではないでしょうか。

 ここを七高僧の曇鸞大師さまは、「蛇を竹筒に入れたるが如し」と言われました。阿弥陀如来さまはこの本性をかかえている者を救うおかたであります。共に聞法によって自分自身をみていきたいものです。

『聞法(1990(平成2)年7月16日発行)』(著者 : 佐々木 大観)より