沿革

生きるとは

 「生ある者は必ず死に帰す」という事実は、おそらく知らない者はないでしょう。この問題についてはハッキリ解っているはずなのに、すべての人は、今なお生きるために、もがき、あえぎ、苦しんでいます。

 これは人間だけではありません。生あるものの本能ですから、止むを得ないことであると思います。私もこの一つの生物として生まれてきて、今、現に生活して、やはり生きぬく力を求めているのです。お互いに死を恐れる反面、生き延びる力を求めて止まないのです。それで死を恐れぬ心の力が得られるよう努力するのです。生あるものは必ず死ぬということは、よく知ってはいるが、身につまされて不安を感じていない。ただ生きるということにあくせくして、苦を積み重ねているのです。

 しかしながら、心を沈めて静かに考えてみると、この大事にして、求めている生は、そのままが死に接近しつつあることを忘れてはならないと思うのです。生死の境というものは、たいへん分別しにくいものです。

 生死の境とは、「平生の一日」、あるいは「時」にあるのですから、この境から脱する道は仏のみ教えに育てられる以外に無いのです。死を乗り越えることがすなわち生死の境から離れるということなのです。死を超えて生きるということは、今のこの姿のまま救われるということなのです。救われる身となれば、それは永遠に生きるということになるのです。

『聞法(1990(平成2)年7月16日発行)』(著者 : 佐々木 大観)より