沿革

初参式

 私事で恐縮なのですが、7月には私の誕生日があります。それにちなんで、初参式の話をしようと思います。と言いましても、初参式って何ですかと言う人が多いのではないでしょうか。

 初参式というのは、生まれた赤ちゃんが初めてお寺参りをすることです。なんだ、それならお宮参りと一緒じゃないかと言われるかもしれませんが、初参式というのは、単に赤ちゃんの誕生を祝ったり、健康に育つように願ったりするお勤めではありません。

 最近、子供を授かると言う言葉が聞かれなくなりました。それでは、どういうのかといいますと、子供を作るといったり、出来たといいますね。まるで模型でも作るかのような感覚です。そういう感覚ですから、子供を親の持ち物のように思い、親の都合で育てようとします。

 だから、邪魔になるんだったら始末しようかというような恐ろしい考え方がでてくるのです。そこには、いくら小さな赤ちゃんであっても、私と同じ一つの尊いいのちなんだということを見失っています。

 言葉は、その心を表すといいますが、そのとおりで、授かるから作るに変わっていたったことが、そのまま、他のいのちを尊重する心が無くなっていったことを物語っているのではないでしょうか。

 浄土真宗の御法義が浸透していた滋賀県の北の方では、おなかの大きなお嫁さんへの挨拶に「いつ、もらわんすの」というのがあったそうです。この挨拶には、おなかに宿った赤ちゃんを阿弥陀如来さまから賜わった尊いいのちといただかれ、如来さまの子供として育てていこうという気持ちが込められているようです。

 初参式というのは、親が、如来さまの前で、阿弥陀如来さまから預かった尊いいのちである赤ちゃんを、如来さまに手を合わせ、み教えを聞く子に育てていきますと誓うお勤めなのです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より