沿革

元旦

 蓮如上人のお言葉を集めた『蓮如上人御一代記聞書』の一番最初に、
「勧修寺村の道徳、明応2年正月1日に御前へまいりたるに、蓮如上人、おおさせられそうろう。道徳はいくつになるぞ。道徳、念仏もうさるべし。~」
 というお言葉があります。これは、勧修寺村に住んでいた道徳という人が蓮如上人の元へ年始の挨拶に来られたときのことです。

 道徳という人は、日頃から蓮如上人の教えを受けて、お念仏を喜ぶ人だったようです。しかし、正月早々からお念仏申すことをはばかられ、きっと「あけましておめでとうございます。」というような世間的な挨拶をされたのでしょう。

 その道徳に蓮如上人は、「道徳はいくつになるぞ。道徳、念仏もうさるべし。」とおっしゃったのは、元旦だからといって遠慮することはない、お念仏申しなさいということなのです。

 これは、世間の慣習に流されることなく、お念仏を私のよりどころとしなさいということなのでしょう。
 これで思い出されるのが、同じく『御一代記聞書』にあります
「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」
という蓮如上人のお言葉です。

 私たちは、つい真宗ではそうだろうけど、世間の目を気にして、世間がするようにしておくほうが、当たり障りがないといって、世間に流されていることがよくあります。それでは「世間をあるじとし、仏法を客人」としていることです。そして、その世間に迷わされ、悩みを増やしているのではありませんか。

 阿弥陀如来さまは、そのような私に向かって「必ず救う。私にまかせよ」と喚び通しに喚んで下さっています。

 お念仏申すということは、私の全人生を南無阿弥陀仏の六字にまかせることです。それが「仏法をあるじとする」ということです。蓮如上人の元旦のお言葉にあります道徳を自分の名前に置き換えて、もう一度よく考えてみたいものです。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より