沿革

彼岸会

 お彼岸とは春分、秋分の日をはさんで前後一週間の期間をいいます。昔のカレンダーには期間が書かれていたそうですが、今は、春分、秋分の日だけが休日として書かれているだけです。だから、最近では、お彼岸の本当の意味がわからずに、ただ休日だと思っている人もいるそうです。

 お彼岸というのは、インドの古い言葉の「パーラミター」が語源です。それが中国に入り、その発音を漢字に直して「波羅蜜」と言われるようになりました。その意味は「到彼岸」といい、迷いの世界を渡り、さとりの彼岸に至るという意味です。

 迷いの世界とは、言うまでもなくこの世の中です。こう言うと、そんなはずはない、生活はほどほどに贅沢ができるようになったし、平均寿命ものびたし、楽しい娯楽もたくさんあるのに、なぜこの世の中を迷いの世界と言うのかと言われる方もおられると思います。

 しかし、そのような幸せは、いつ崩れるかわかりません。次の瞬間には崩れ去り、不幸のどん底に落ちるかもしれないのが、この世の中です。

 つまり生きるために必要だと思っていたものが、全て力を失い、無駄になってしまうことがあるのです。それは、死です。あれだけ世話をしてくれた両親が死んでいく、目の中に入れても痛くないと思っていた子供が死んでいく、そして、誰よりも大丈夫と思っていた自分が死んでいきます。

 人間は、動物の中でも唯一、死を自覚する動物であると言われます。しかし、それと同時に、死をごまかす動物でもあります。けれども、死を考えないようにしたり、遠ざけたり、ごまかそうとしても、それは、死を解決したとはいえません。死を直視し、超えていく道を求めることこそ、死を解決することであり、それは、同時になぜ生きているのかということの回答でもあるのです。

 おまえの生死を超えていく道はここにあると明らかにしてくださり、喚び通しに喚んでくださるのが、南無阿弥陀仏です。そして、その南無阿弥陀仏のことを聞かせていただくのが、浄土真宗のお聴聞です。

『聞法(1991(平成3)年7月13日発行)』(著者 : 義本 弘導)より