沿革

頑張れという言葉

 頑張れという言葉は、相手を励ましていくとてもいい言葉であります。しかし頑張れと励まして、頑張れる人はいいけど、頑張れない人にはとても虚しいものでしょう。

 頑張れは、頑張れない人を否定する言葉でもあるのです。

 以前、家内が長い間病気で入院していた時、私が、「頑張れ」と言ったら、「何を頑張れというの」と怒られました。頑張れという言葉には、頑張らない人は駄目なんだという響きがあります。

 また頑張って頑張っていても、緊張はいつまでも続くものではありません。頑張れなくなった人に、私たちはどう励ましたらいいのでしょうか。頑張ろうにも頑張れない人もいるのです。その人に対して、頑張れというとますます落ち込んでいきます。

 国立岡山病院の駒沢勝先生は、新聞に「仏教に同治と対治という考え方があり、対治とは例えば氷で冷やして熱を下げること。同治とは逆に温めて汗をかかせ熱を下げること。また悲しんでいる人に『悲しんでも仕方がない、元気を出せ』と励まして立ち直らせるのは対治。一緒に涙をし、共に悲しんで人の心の重荷を降ろさせるのが同治。治療にあたってどちらがよい効果をもたらすかといえば同治。対治が現状の否定であるのに対して、同治は現状をあるがままに受容するからだ」とのべておられました。

 もし仏さまが私たちに、「頑張ったら救ってあげる」と言われたら、到底私たち凡夫は救われないでしょう。阿弥陀さまは、少しの条件や注文つけず、「頑張ったら救う」といわれず、「どんなことがあっても、そのままのあなたをそのまま救うよ」とあたたかくよびかけられています。

 そのままの私を認めてくれるものに遇うことによって、苦しみの中でも生き抜くことができるものです。

『聞法(1993(平成5)年7月15日発行)』(著者 : 不死川 浄)より