沿革

そのままの救い

 ある学生のレポートに「私の母は病気で倒れて、今は身体が不自由です。私や家の者は、その母に対していつも『頑張りや、何でも頑張ってせんとあかんやろ』と簡単に口にしています。母はいまのままで精一杯なのに、私をふくめて周りの者はそれ以上のことをして欲しいと望んで、母のことを少しも考えずに、『頑張れ』と言っています。講義で、阿弥陀さまは何の注文や条件もつけずにそのままの私たちを救うと聞きましたが、母に対して、『頑張らんでもいいよ、あなたはそのままで十分だよ』と言われることで、どれだけ救われることでしょうか」とのべていました。

 私はいつもご門徒の方に会った時、「今度何日にご法座があるから参って下さい」と言っていますが、その時にいろいろな答えが返ってきます。その中で、「私は折角いい話を聞いても、なかなか実行できないし、根性も直らないから駄目です」と平然と答えられる方がいます。

 しかし、少しぐらい話を聞いて、すぐに実行できたり、根性の直る人っているのでしょうか。そういう人は仏法聞く必要ありません。

 阿弥陀さまは、「実行せよ、根性直せば救う」と少しも仰しゃっておられません。「なかなか実行できない、根性の直らない煩悩具足の凡夫であるあなただからこそ、そのまま救う」とよびかけられているのです。

 その阿弥陀さまの願いが少しも聞こえず、自分が信心して、すぐに善いことを実行し、根性を直し、価値ある人間、立派な人間になって救われるのだと誤解しているのです。これを聞き損ないといいます。もし私たちに、「頑張って根性直したら救う」と注文がつけられたら、私たちは永遠に救われることはないでしょう。

 素直に、阿弥陀さまの願いを聞いていきましょう。

『聞法(1993(平成5)年7月15日発行)』(著者 : 不死川 浄)より