沿革

おかげさま

 最近、おかげさまという言葉が消えつつあるように思います。

 おかげさまは漢字で書くと「お陰様」。

 木があればその下に陰が出来、この陰があることで雨や暑さをしのぐことが出来るので、お陰様で雨がしのげましたという感謝の気持ちがわいてくるのです。

 諸法無我。世の中のものはすべて単独で存在するものはなく、お互いに関わりあって存在します。

 「俺は一人で生きている。」とどうがんばってみても、それは単なるエゴ(利己主義)でしかありません。朝起きて夜寝るまで、いや寝てる間も、わたしのためにはたらき続けています。

 お陰様という言葉は今こうしておいしい食事をいただいているのは、野菜を作って下さった人、お米をつくって下さった人、そして料理をつくって下さった人への感謝の気持ちにつながるのです。

 おかげさま、ありがとう、すみません、もったいない。

 私たちのまわりには、仏教思想の影響をうけて、生活の中でながい時間をかけてうまれたすばらしい言葉がたくさんあります。

  「隣は何をする人ぞ」などと、マンションの隣には誰がすんでいるのかも知らないような現代。

 しかし、私たちが生きているしくみは昔と少しも変っていないように思います。

 人の悪口やうわさばなしに多くの言葉を使うより、心のこもった一つの言葉をおしまないでおきましょう。

 「おかげさま」

 この言葉に私たちの気持ちを込めて、若い世代に伝えていきたいものです。

『聞法(1994(平成6)年8月1日発行)』(著者 : 西郷 教信)より