沿革

誕生日

 私の37回目の誕生日の日のことです。

 2日前に熊本にいる両親からは蜜柑が届いていましたので、お礼もかねて久しぶりに電話をしてみました。

 呼出のベルが1回なっただけで、すぐに母が電話にでたのでびっくりしていると、どうやら母もわたしに電話をしようと思っていたところだったというわけです。

 毎日の生活に追われ、両親のことを考える余裕すらなかった私にひきかえ、母はいつもいつも私のことをおもってくれていたんだなぁと気づかされた時、とても幸せな気持ちになりました。
 
 生まれ故郷の熊本と、ご縁があって入寺した滋賀県の彦根と、何百キロも離れた場所なのに、ちゃんと気持ちが通じあう。これはすごいことだと思いました。

 おもえばいつもふりむいたとき、母がいてくれたような気がします。高校時代から親元を離れて一人暮らしをはじめた私にとって、何かを決めるとき、不安になったとき、病気になったとき、いつも電話の向こうに母の姿がありました。

 そして、誕生日には、私の好物のゆで卵のまるごとはいったコロッケとかき玉汁をつくってくれた母。

 あるお寺の掲示板にこんな言葉がありました。
「もろびとよ 思い知れかし おのが身の 誕生の日は 母 苦難の日」
そうなんです。毎年おめでとうと祝ってくれる私の誕生日は、私を産んでくれた母にとって命がけの苦難の日でもあったのです。
お母さん、私を産んでくれてありがとう。

『聞法(1994(平成6)年8月1日発行)』(著者 : 西郷 教信)より