沿革

恩愛

 最近は、子供をおんぶして仕事をしたり、買物をしているお母さんを見かけなくなりました。ベビーカーや紙おしめなど便利なものが普及し、子育てまでスマートに出来るようになってしまったように思います。はたして、子と母の関係までスマートになってはいないだろうか。

  兵庫県で光明幼稚園を経営されておられる堀善昭先生が、著書「三つ子の魂百まで」の中に〈恩愛〉についてかいておられます。

  『母親と子供をつなぐ絆は恩愛の絆である。父と子の絆、夫婦の絆、兄弟姉妹の絆、世間との絆といったそれぞれの絆には無論恩愛はともなうが、母と子の恩愛に勝てるものはなく、それは切っても切れないものである。

  あたりまえの話だが子は親を持たねば生まれることが出来ない。決して自分一人が独自に生まれてきたわけではない。そこに「恩」がある。一方、親の方も子を生したことによってそのまた親の恩を返す。同時にわが子を得た喜びをかみしめ子から放射する愛らしさを享受する。そこにはまた形を変えた「恩」が存在する。恩愛という言葉を現代ふうにいいかえれば「思いやり」となるかもしれない。しかし「思いやり」という言葉のイメージは恩愛と比べあまりにも浅く淡白で一方的な負担のように解されてしまいがちにならないだろうか。すなわち「思いやり」の心では人間の持つ利己心や自己中心的な〈我執〉〈自我〉をなかなか押さえきれず、もうひとつ突っ込んで母子間の愛情を実行に移せないのではないか。』

  自然に対する畏敬の念を忘れたら、地球環境が破壊されるように、親が恩愛を忘れたら、子ども達の心が破壊されてしまうと思います。

  恩愛は仏様のお慈悲のように何もかも包み込んでしまうあたたかさがあります。

  恩愛、それは無償の心を持って子どもに接するとき自然に母親から出てくるもののような気がします。

『聞法(1994(平成6)年8月1日発行)』(著者 : 西郷 教信)より