沿革

熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その4

御隠居 「さて、阿弥陀経の本文に入っていこか。お経というのはな、どれも最初に六事成就というのがあってな。」

   「なんです、それ。」

御隠居 「これはな、つまり、お経といわれるものは六つの条件が整って、初めて説き出されるんや。先ず、私はこのように聞かせていただいたと、始まるんやな。ほれ、この『如是我聞』というのがそれや。」

   「はあ、私がこのように聞いたというとこから始まるんでっか。その私というのは誰ですねん。」

御隠居 「ああ、それはな、お弟子の方々や。」

   「お弟子って、どんな人がおりましたんや。」

御隠居 「たくさんおられたんやで、この阿弥陀経にも名前が出てきてるから、後で話すことにしましょうか。」

   「へぇー。けど、けったいですな。」

御隠居 「なんでや。」

   「そうでっしゃないか。お釈迦さんが説きはったんでっしゃろ。そしたら、はじめから、わしの教えはこうやぞと言わはったらよろしいでんがな。それを、回りくどうに、私達はこう聞いたなんてゆうて。」

御隠居 「それや、熊はん。お経というのはな。お釈迦さんが説きはったに違いないんやけど、書き残さはったんやないんや。それぞれのお弟子にあうように、話して聞かさはったんや。せやから、みんなようわかったんや。けど、お釈迦さんが居られた時はそれでええわな。」

   「そうでんな。わからんかったら、また、お釈迦さんに聞けばすみまんな。けど、今やったらどうなりまんねん。わてら聞きに行くとこありまへんがな。」

御隠居 「そこや、お釈迦さんがじかに説いたというだけやったら、それがおおとるもんかどうかわからんわな。そこでや、お釈迦さんが亡くなった後に、色々な教えを聞いたお弟子方が集まって、お釈迦さんから聞いた話をみんなの前で話したんや。それで、みんなが、私もそう聞いた、それに間違いないというたもんだけを残したんやな。それを結集(けつじゅう)っていうんや。」

   「わかりました、御隠居はん。『如是我聞』というのは、六事成就の最初の二つのことでんねんな、これはつまり、えーと。」

御隠居 「ほんまにわかってんのかいな。最初の二つを聞信というてな、私はお釈迦さんが説かれたその通りに聞きました。ということや。」

   「なるほど、さすがに御隠居。ようわかってる。」

御隠居 「これ、そんなことでなぶるんやないで。ほんまにわかったんかいな。」

   「へえ、聞信がないとあきまへんねやろ。聞信普通っていいますやん。」

御隠居 「そら、音信不通やがな。」

『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より