沿革

熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その9

   「ほかにはどんな人がいたはるんでっか。」

御隠居 「摩訶目犍連も十大弟子のお一人や。熊はんは、お盆の由来を知っていますかいな。」

   「知ってまっせ。餓鬼道に落ちてたお母さんをお釈迦さんに教えてもろた方法で、救わはったことが由来でっしゃろ。」

御隠居 「そや、よう知ってるな。その話に出てくる方が摩訶目犍連や。この方は、神通第一と言われたんや。」

   「何です、その神通第一って。赤ちゃんを産むのが上手やったんでっか。」

御隠居 「またあほなことを言う。そら、陣痛やないか。神通とはな、不思議な力のはたらきのことで、行きたいとこに自由に行けたり、人の考えてることがわかったり、普通では見たり聞いたりでけへんことが出来たりするんや。」

   「そら便利でんな。女湯ものぞきに行けまんな。」

御隠居 「そら無理や。この力は正しい智慧を身に付けたもんにしか備わらんのや。おまはんみたいに、不純な考えを持つもんには、到底得られんもんや。」

   「さよだっか、そら残念な。ところで後は、どんな人がいたはりまんねん。」

御隠居 「摩訶迦葉は頭陀第一、摩訶迦旃延は議論第一。摩訶倶絺羅は得解第一。離婆多は舎利弗の末の弟で、難陀は調伏諸根最第一、阿難陀は多聞第一、羅睺羅は密行第一、憍梵波提は解律第一、賓頭廬頗羅堕は獅子吼第一、迦留陀夷は教化第一、摩訶劫賓那は比丘を教誡すること第一といわれ、薄拘羅は長寿第一、阿楼駄は天眼第一といわれたんや。」

   「ようー一遍にいわはったな。ひい、ふう、みい…、あれ一人足りまへんで。」

御隠居 「あれ、そうやったかいな。あれやろこれやろ、ああ、一人大事な人を忘れてたわ。周利槃陀伽という人や。この人は物忘れのひどい方でな。それで忘れたわけやないんやけど、茗荷の由来になった人なんや。」

   「茗荷て、あの食べる茗荷ですかいな。」

御隠居 「そや、あれはどんな字を書くか知ってるか。」

   「ええーと、名前の名の上に草かんむりをつけたんと、荷物の荷やったかな。」

御隠居 「そうやな。この人はな、自分の名前かて忘れてしまうほどやったから、名前を書いた札を首からぶら下げてたらしいんやな、それで周利槃陀伽を茗荷と訳したやそうや。」

   「そんな人でもお釈迦さんのお弟子になれたんでっか。」

御隠居 「それがな、ほかのお弟子が、お前はお釈迦さんの面汚しやいうて、追い出そうとしたんや。それで悩んでるとこへ、お釈迦さんが『塵を払い、垢を除く』と言いながら、掃除をしなさいと教えたんやな、それで悟りを開かれたんや。」

   「なんやそんなんやったら、誰でもできまんがな。」

御隠居 「そう思うやろ、ところが、周利槃陀伽は、そのことで塵、垢というのは、心の中の煩悩ということに気付かれたんや、おまはんやったら、あのかみさんがこわあてするのが関の山やろ。」

   「ご隠居はんは、うちの家の事を見抜いたはりまんな。」

『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より