沿革

熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その10

御隠居 「さて、このお経の聞き手は、ほかにも菩薩方や、諸天がおられたそうや。」

   「ほんま、たくさんの人が聞かれたんでんな。それで、その中の誰に聞かそうと思わはりましたんです。」

御隠居 「そこや、熊はん。お経というのは、たくさんのお弟子が聞かれたんやけど、お釈迦さんは、その中でも、この人に聞かそうと選ばれるんや。それが阿弥陀経では、舎利弗やったんや。」

   「どこでそんなんわかりまんねん。」

御隠居 「このお経は、全部で漢字千八百五十七字しかないんやけど、その内で38回も名前が出てくるんや。それも36回がじかに呼び掛けたはるんや。」

   「へえー、こんな短いお説教の間に、そんなに呼ばれたら、うっとおしなりまんな。」

御隠居 「そやけど、ただ呼ばはったんとちゃうねんで。そこには深いお釈迦さんの思召しがあるんや。」

   「それはどんなことだっか。」

御隠居 「舎利弗というお方は智慧第一といわれたお方やろ。」

   「そら、さっき話してくれはりましたな。それがどないかしたんでっか。」

御隠居 「その36回呼び掛けたはる中に、5回問いかけがあるんや。舎利弗よ、これはなぜかわかるか、というふうにな。これはどういうことかというと、私らは人の話を聞く時には自分の意見を挟んでるやろ。」

   「そうでんな、自分の都合のええ話は覚えてまっけど、自分に都合の悪いことは聞きまへんな。」

御隠居 「そやろ、けど、この阿弥陀経に説かれた、お浄土の話や阿弥陀さまの話は、私らの考えや意見で、自分の都合のええように聞くもんやないとゆうことを、智慧第一の舎利弗やっても答えられんかったということで、教えて下さってるんや。」

   「そんなら、舎利弗があほでわからんかったというんやのうて、わてらに聞き方を教えてくれはったんでんな。」

御隠居 「そうやな、そういただくんがええな。それに智慧第一といわれた舎利弗であっても、黙って頭を下げて聞くほど、尊い教えが説かれたということなんや。」

御隠居 「またな、その後にも菩薩方が聞かれてたとゆうたやろ。その中に文殊菩薩もおられたんや。」

   「ああ、ここの『文殊師利法王子』というのがそうでっか。」

御隠居 「ああ、そやな。熊はんは文殊菩薩って知ってるか。」

   「ええ、知ってまっせ。確か智慧の菩薩でんな。ほれ三人寄れば文殊の智慧と言いまんがな。」

御隠居 「そやそや、よう知ってるな。その菩薩も聞き手になってるということは、人が得られる最高の智慧を超える智慧をもたれている菩薩であっても、ただ聞くばかりのお説教やったんや。」

   「そんなすごいお説教を今聞かせてもらうやなんて、すごいことでんな。」

『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より