沿革

熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その17

御隠居 「ところで、熊はん、あんた毎朝仏さんの前でお勤めしてますかいな。」

   「してまへん。」

御隠居 「何胸張っていうてますんや。せめて、お念仏ぐらいせなあかんで。」

   「そういいまっけどな、朝いうたら一分でも惜しいぐらい忙しいでっせ。うちのかかあも、はよ仕事行けて、うるそういいまんねん。」

御隠居 「なんで、そんなに忙しいねんな。その分、はよ起きたらよろしいねん。」

   「そら、わかってまっけどな。やっぱり眠いもんは、眠い。」

御隠居 「この前な、極楽の楽の意味を話したやろ。覚えてるか。」

   「はあ、ええーと、確か法楽楽やていうたはりましたな。」

御隠居 「そや、あれは、仏法を楽しむ楽やったわな。それを具体的にゆうたら、朝起きてお勤めすることが、辛いことやのうて、楽しみになるんや。」

   「へえー、極楽でも朝晩あるんでっか。そんなんどこにでてますねん。」

御隠居 「ここに『清旦』とあるやろ。これはすがすがしい朝を迎えるということなんや。」

   「はあ、わてかて、朝は気持ちように目が覚めまっせ。」

御隠居 「その後が肝心なんや。おまはんは、その後、ばたばたして、仏さんの前に座ることもせえへんのやろ。」

   「めんぼくない。」

御隠居 「極楽ではな、朝御飯までに、あちこちの十万億の仏さんを供養してくることが出来るんや。」

   「へえー、それが辛うのうて、楽しいんでっか。」

御隠居 「そや、この世の中は、仏法聴聞しようと思ったら、けっこうしんどいこっちゃと思てしまうやろ。」

   「そうでんな。おこられますやろけど、やっぱり仏法聴聞より、お酒飲んでるほうが楽しいですわな。」

御隠居 「正直なやっちゃな。けど、それはなんでか、わかるか。」

   「さあー、なんででっしゃろなあ。」

御隠居 「それはな、煩悩があるからなんや。」

   「あっ、子供可愛がるやつ。」

御隠居 「そりゃ、子煩悩とゆうて、煩悩の意味からでけた言葉や。煩悩ちゅうたらな、自分が一番かわいいと思て、自分の都合だけで物事を考えていくことや。」

   「あー、それやったら思い当たりますわ。うちの子が学校で誉められたて聞いたらうれしなりまっけど、あの大工の徳さんの子が誉められたて聞いたら、なんであんなガキが誉められよんねんなと、腹立ってきまんねん。ほんまやったら、喜んだらなあかんのにな。」

御隠居 「それやそれや、その煩悩が無くなるのが極楽というとこなんや。せやから、私らが、今楽しい大事なことやと思てることが、仏法が一番大事やっちゅう気持ちに入れ代わるんや。せやから、お勤めも一向苦にならんと、楽しいことになるんや。」

『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より