御隠居 「阿弥陀さまの光明の働きは、私らの罪悪に気付かせて下さるだけやないねんで。」
熊 「まだあるんでっか。」
御隠居 「そうや。私らの罪を知らせただけでは、救われへんやろ。」
熊 「そらそうでんな。お前は悪いやっちゃて言われただけやったら、逆に腹立ってきますもんな。」
御隠居 「その罪悪をどこまでも滅ぼして下さって、浄土往生の邪魔にならんようにして下さるのが、光明のはたらきで、無碍光とゆうんや。」
熊 「そんなんやったら、わてら何やっても平気でんな。」
御隠居 「そうやな、どんなことをやってても、お救いくださるということやけどな、せやけど、この私を救おうと、阿弥陀さまがどれほどご苦労なさってるか、聞いたことあるか。」
熊 「それどんなことなんでっか。」
御隠居 「おまはん、『正信偈』は知ってるか。」
熊 「はあ、知ってまっせ。ちっさいときは、お勤め済まんと御飯食べさせてもらえんかったからなあ。」
御隠居 「その始めの方に、『五劫思惟之摂受』てあるやろ。その五劫てゆうのは、時間の長さをゆうてるんやけど、途方もなく長い時間なんや。」
熊 「長いて、どれほどだんねん。」
御隠居 「私らの想像でけんほどの長い時間や。」
熊 「せやから、長いてどれほどなんでっか。」
御隠居 「せやなあ、お経に説かれているのはな、四十里四方の石があってな、それを3年に一遍、天女が羽衣で撫ぜるんやな。それで、その石がすりへって、無くなってしもうても、まだ一劫は終わらんとなってるな。」
熊 「羽衣で撫ぜるんでっか。そんなんやて、羽衣の方は擦り切れへんのんかいな。」
御隠居 「おまはんは、また、へ理屈をいうやろ。それにな、これを実際の時間と考えたら、お経は、絵空事になってしまうねんで。」
熊 「そら、どういうことだんねん。」
御隠居 「阿弥陀さまは、それ程長い時間をかけて、私を救う手立てを考えてくださったんや。それほどのご苦労をかけてるのが私らなんやし、せやからこそ、阿弥陀さまは、私らに、そのまま救うぞと言い切られたんや。」
熊 「へえー、そんなに苦労かけてたんでっか。そんなん聞かせてもろたら、これ以上、苦労かけるわけには、いきまへんな。」
御隠居 「そういうことやな。それでも、私らが自分で気付いてないとこで、阿弥陀さまに心配かけて、ご苦労をかけてるんやで。」
熊 「そうでんな。わて、さっきいうたこと取り消しますわ。」