沿革

熊はんと御隠居が読む阿弥陀経:その27

   「お浄土が、倶会一処の世界やというのは、ほんまにありがたいことでんな。けど、どうやったら、お浄土に生まれることができまんねん。」

御隠居 「そのことや、それが続きに説かれてるんや。先ずな、どうやったらお浄土へ生まれるかということより、どういうことをしてたら、お浄土に生まれられへんかをいうてくれたはるんや。」

   「それ、どんなことでんねん。」

御隠居 「そやな、少善根福徳の因縁では、お浄土へ生まれることはでけへんと説かれてるな。」

   「少善根福徳てなんでんねん。」

御隠居 「ちょっとのええ行いということで、お念仏以外の自分でするいろいろな行や善をいうんや。」

   「ええことすることが、なんであきまへんねん。山にこもって、一生懸命修行したはる人もいたはりまっけど、そんな人らはお浄土へは生まれられへんのでっか。」

御隠居 「そやな、なんであかんかゆうたらな、私らはなんぼ、修行しても、ええことをしても、そのしたことにこだわるやろ。」

   「そら、しんどかったら、しんどいほど、でけたときは、わしはでけたでと自慢しとなるわな。」

御隠居 「自慢するだけやった、まだしも、でけたということから、でけへんもんを攻めるのが、私らやろ。」

   「そうでんな。でけたもん同士仲ようして、でけへんもんをのけもんにしまっさかいな。」

御隠居 「そういうことや。そんな少善根でお浄土へ生まれるとしたら、阿弥陀さまの願いとぜんぜん違うことになるで。」

   「そうでんな、阿弥陀さまは全ての人を救いたいと願わはったんでしたな。せやのに、ようがんばった人だけがお浄土に生まれるとしたら、願い通りや、あらしまへんな。けど、そんなら、どうやったらお浄土に生まれまんねんな。」

御隠居 「ここに、『聞説阿弥陀仏 執持名号』とあるやろ。阿弥陀仏を説くを聞いて、名号を執持するということやから、名号によらんとあかんということや。」

   「名号いうたら、南無阿弥陀仏(なまんだぶ)のことでっか。」

御隠居 「そうや。この阿弥陀さまの名前には、阿弥陀さまの願いが全て込められてるんや。それは、自分で建てられた願いが全部出来上がったということを告げてくれはったことなんや。せやから、その阿弥陀さまのお心が、私らをお浄土に生まれさせてくれはるんや。」

『聞法(1995(平成7)年9月1日発行)』(著者:義本弘導)より