沿革

汝こそ

  よべばよぶ よばねばよばん 山彦の
  こたうる声は よぶひとの声

 真宗大谷派の林暁宇という先生の書かれました本に出ていた、大変考えさせられた一首です。

 こちらから大声で呼びかけて、山や谷にひびいてこだまが返ってくるように、この私の口に、南無阿弥陀仏とお称名として、出て下さっているということは、阿弥陀如来様が、南無阿弥陀仏の名号となって、先に私のところへはたらきかけて下さってあればこそ、この私の口からお念仏が出て下さっているという味わいでありましょう。

 南無阿弥陀仏の雨ダレが、石である私にいたりとどいて、南無阿弥陀仏というハネがあがると、聞かせていただきました。もちろん、雨ダレが名号で、いたりとどいたところが信心で、ハネが称名ということであります。

 私はこのことを本当に教えていただきましたのは、母を通してでありました。

 母は88歳でお浄土へ帰らせていただきましたが、晩年痴呆症が進みまして、家族の識別もまったくできなくなり、家族で世話がしきれなくなって、病院のお世話になりました。

 痴呆症の人ばかりの病棟ですので、見舞いにいき、間が持たなくなると、よく病室でおつとめをしました。

 ある時、『正信偈』を一緒に唱和しておりました。子や孫の顔もわからなくても、「帰命無量寿如来」とだしますと「南無不可思議光・・・・・・」と声を出すのです。

 途中で私たちは声をおとし、とうとう黙ってしまったのですが、一人でずっとお正信偈さまをあげているのです。詰まった時に、次の言葉さえ出してやれば、また1人で続くのです。

 この時に、『仏説阿弥陀経』の「今現在説法」のお示しを、身をもって知らせていただいたことであります。お浄土では、阿弥陀如来様が、今まさに、この私のためにお法をお説き下さってあるということでありますが、経文の通り、私の眼前に実現して下さっているのであります。

 如来様が、南無阿弥陀仏とお法をお説き下さってあればこそ、息子の顔さえわからない母の口を通して、「汝こそ我が一子地なり」と如来様の喚び声がひびいて下さっているのでありました。

 私の方が忘れておりましても、忘れて下さらん如来様がましましたのであります。

『聞法(1996(平成8)年7月15日発行)』(著者 :小林 顯英)より