沿革

念仏とは何か

 ある雑誌に
 「みんなに分かるお念仏を伝えてもらいたい。いま称えられているお念仏はわからない。お念仏は意味深く、有り難い言葉の宝庫なのにまるで暗号でしかない。“分からなくても有り難いのだ”では呪文にすぎない。今の人たちにも容易に分かるお念仏こそ、私の一番欲しいものである」と書いてありました。

 確かに現代人にとって、お念仏がわかりにくくなっているように思います。一般にお念仏といえば、先祖供養のために称えるものであり、また願いごとをかなえるための呪文か、極楽まいりの切符としてしか受けとめられていません。

 このままではいけない。みんなにわかるお念仏を伝えなければいけない。世界中の人々が共感でき、生きる依りどころとなるお念仏を伝えなければいけない。親鸞聖人の伝えられたお念仏は浄土真宗だけのものではありません。生きとし生けるすべての人に平等に働いているのであり、普遍的なものです。現在お念仏を喜んでいる人は、アメリカにもヨーロッパにも、オーストラリアにもアフリカにも世界中にいます。しかしまだまだほんの少しの人です。「お念仏を世界や子や孫に」というスローガンがありますが、世界中の人々と共に、お念仏を称えながら真実の世界であるお浄土への道を歩みたいものです。

 お念仏とは、私たちを生かしめている大いなるいのちの働きが、南無阿弥陀仏という言葉になって働いている“いのちの喚び声”です。大いなるいのちの働きである阿弥陀如来が、自我中心にしか生きられず、いのちの事実に背いて生き苦悩している私たちを必ず救うために南無阿弥陀仏となり、「阿弥陀仏に南無せよ」、「我を生きる依りどころとせよ」、「真実に帰依せよ」と絶えず喚び続けてくださっているのです。

 お念仏はどこまでも私たちに、真実へのめざめを促す“いのちの”メッセージなのです。

『聞法(1996(平成8)年7月20日発行)』 (著者 :不死川 浄)より