沿革

凡夫の見方

 真実とは原語でtattvaといい、「ありのままのすがた」という意味です。

 私たち凡夫は、ありのままをありのままに見ることはありません。自我という色メガネをかけて見ているから、正見や如実知見(ありのままに見る)はできません。同じ者を見ても、十人十色で人によって見方はさまざまです。また私自身でも、立場や状況や年令によって見方が変わることが多いです。私たちの見方の根底には自(じ)是(ぜ)他(た)非(ひ)の心が働いていますから、冷静にみているつもりでも、自分の見たいようにしか見ていないのです。みな自分の色メガネで見て、善悪・正邪・好嫌を判断しているのです。

 アナウンサーが、「今日は良い天気でした」と放送すると、よく苦情の電話がかかるそうです。天気に良い天気、悪い天気はありません。雨が降った方が、雪が降った方が良い天気の場合もあります。以前、雨の日にタクシーに乗った時、「今日は雨で嫌な天気ですね」というと、その運転手さんは、「私たちは雨の方が儲かって良い」と話していました。また、涼しい夏に電器屋さんと話した時、「今年の夏は涼しくて良いですね」というと、「今年はクーラーが売れずに困っている」と話していました。

 よく「自分のことは自分が一番知っている」といいますが、それも自我という色メガネで見た自分でしかありません。自分で自分を知るということは、「自分の眼で自分の眼を見るようなものだ」といわれています。私たちの自我という色メガネでは他人の非は見えても、自分の間違いや欠点や愚かさは見えにくいのです。

 いつもお念仏を称えているお婆ちゃんに、「どうしてお念仏を称えるのですか」と聞くと、お婆ちゃんは、「私はお念仏を申さんかったら、すぐに〝我〟というやつが出てくるから、阿弥陀さまが、また思いあがっとるぞ、自分を見失ってるぞと、南無阿弥陀仏となって私の口を通して注意してくださっているのです」と、話されていました。

『聞法(1996(平成8)年7月20日発行)』 (著者 :不死川 浄)より