沿革

いのちの喚び声

 お念仏とは、阿弥陀如来が生きとし生けるものを救うために喚び続けてくださっているお名号です。いのちの喚び声です。いのちの喚び声ですからお念仏はどこにあっても、どこからでも喚びかけてくださっているのです。森羅万象、一木一草、山河大地やあらゆるいのちの働きが喚びかけているのです。

 たとえば春になるといろいろな花が、いのちを輝かし咲いていますが、「あなたはあなたのままでいいんだよ、あなたの花を咲かせてください」と、南無阿弥陀仏と喚びかけています。

 東井義雄先生は、心臓の音を南無阿弥陀仏と味あわれていました。心臓は元気な時も病気の時も、「どんな時も決してあなたを見捨てない、しっかり生きて欲しい」と、いのちの喚び声となって働いています。鈴木章子さんは、「病気でおしっこが出なかったが、やっと出た時その音が南無阿弥陀仏と聞こえました」と、述べられていました。

 ある陶芸家は、「土は生きている、その土の声に素直に従えば、土の方から作らしてくれる」と話されていました。土が南無阿弥陀仏と喚びかけているのです。日本画家の東山魁夷氏は、「旅をしていると風景が描いてくれ描いてくれと叫んでいる」。版画家の棟方志功氏は、「木の方から彫ってくれ彫ってくれとよびかけている」と述べられていました。風景や木が南無阿弥陀仏と私たちに喚びかけているのです。

 親鸞聖人は、「阿弥陀如来は如より来生して、種々の身を示し現じたまふ」と述べられているように、阿弥陀さまはいろんな形を現しながら働いてくださっているのです。

 私たちは、阿弥陀という大いなるいのちの働きの中に生かされています。その働きが、いつでもどこでも「いのちにめざめよ」と喚びかけており、いのちの喚び声が言葉となったのが南無阿弥陀仏です。私たちの生活すべてがいのちの喚び声を聞く場所です。そのいのちの喚び声を聞くところに、大きな感動が与えられてくるのです。

『聞法(1997(平成9)年7月20日発行)』 (著者 :不死川 浄)より