沿革

おリンを叩けば責任が

 お仏壇にお参りをされる時、あるいはお寺にお参りなさった時に、「カーン・カーン」と「おリン」を叩く人がおられますね。自分が来たことを知らせるつもりでしょうかね。

 先日あるご家庭のおばあさんがお亡くなりになった時のこと。若奥さんはお仏壇のお荘厳をととのえて、私の到着を待っていてくださいました。その間、ご近所のおばさんが来られて、ご遺体の枕元に坐られると、「おリンが出てないよ」と言われる。若奥さんはおリンはお仏壇に置いておくものとご存知でしたが、そうおっしゃるならと、おばさんの手もとに移されました。すると、「チーン・チーン」と叩いて合掌されたそうです。

 「私が来ましたよ」、眠ってなさるといけないから目を覚まそうとされるんですかね。まるでチャイムみたいなもんですな。
いや、叩いてもいいんですよ、だけど「おリン」を叩いたお方には責任があるんです。「只今からお経を勤めます」という合図ですから、叩いた以上は最後までお勤めをしなければなりません。

 北九州のあるご住職のお話。ある家ではご法事に参って来られた人がみなおリンを叩く、そういう習慣になってしまっている。お経が始まっているのに遅れて来た人まで「チーン・チーン」とやる。これは困るからおリンの棒をそっと裾に隠した。「するとね、次に来た人は私の前まで手をのばして股のところまで探すんですよ」

 ご自身がお勤めをなさらない時には、どうかおリンを叩かないでください。それよりもただお念仏をなさって、合掌をなさるのがいいですね。

 口に常に仏を称すれば、仏すなわちこれを聞きたまふ。身に常に仏を礼敬すれば、仏すなわちこれを見たまふ。心に常に仏を念ずれば、仏すなわちこれを知りたまふ。……
                【善導大師『観経疏・散善義』】

『聞法1996(平成8)年7月15日発行』 (著者 :小林 顯英)より