沿革

火が消えて迷うもんですか

 人がお亡くなりになると、さっそく迷いの心配をなさるお方がおられますね。たとえば、こんなことがありました。

 お通夜の席では先ず参詣の人々にお勤めの次第と時間配分をお伝えする事にしています。そうしてお勤めが終わりますと、振り返って「ご多用の中ようこそお参りになられました。今から十分余りの時間を頂戴し、お通夜に寄せてのご法話をさせていただきます」と申してご法話を始めます。

 さてある時のこと、振り返れば、膝を突き合わせるぐらいにびっしりと参詣のお方々坐っておられました。話し始めて数分たつと、左隅のほうで何かひそひそと話し声がする。「あんた、何とかよ、はよはよ!早よせな」何か急いでおられる。

 すると一人の女性が近寄って来られて「ご院主さん、すいません、もうっちょと前へ」前に出ようと思ってもいっぱいなんです。話の最中ですから、理由を尋ねることができません。「もうちょっと前へ」とまたおっしゃる。ほんのわずか席を進めましたら、にわかに私の背中のほうでごそごそと、何事か?と振り向いたら、お線香に火をつけておられるんです。

 ああそうか、先ほどのひそひそ話は「あんた、お線香が消えそうよ、消えたら迷うやないの、早よ行かんと」「今しゃべったはるやないの」「ええやんか、早よせな消えるよ」。どうやら、こんなやりとりがあったんでしょう。

 お線香が消えて迷うもんですか。どこからこんな話が出てきたんでしょうねぇ。ロウソクが消えたら迷うなどと、きっと亡くなったお方を迷いの姿としか思えない人が言い始めたんでしょうね。

 もうそんな心配をいっさい持ち込む必要が無いのです。お浄土という世界を知らされた上は迷いの世界は無用です。亡きお方を迷いの身扱いするのは悲しいじゃありませんか。

 中陰の間に用いるようにと、渦巻き線香ができましたね。あれは単に長持ちするだけの工夫です。むしろあまり長い時間あの煙を吸い続けると喉に良くないですね。火をつけっぱなしにする必要はないのです。お参りなさるその都度、香りのいいお線香をお供えなさるといいですよ。その香りに包まれてお礼を申す。このこと一つです。もう心配はいりませんね。

『聞法(1998(平成10)年9月21日発行)』(著者 :若林眞人)より