沿革

ほんとうの味

 浄土真宗でいう求道の姿勢とは、「よく聞く」ということであります。

 分からなくなれば、よき師に「教えを仰ぐ」ことも重要であります。しかしながら、早く理解というか、納得をしたがる人がおります。「生死の一大事」を簡単に解決することはできません。長く真面目にご聴聞することが一つの味、生き方となってあらわれてくるものです。

 最近では、ある食品会社が、ただちに漬物が出来るという液体を販売しています。

 どういう味であるかは知りませんが、昔ながらの方法で、新鮮な野菜を寒風の中にさらし、水分をある程度取り除いてから、何十年とたった糠の中に入れ、大きな石で重しを載せ、何日も漬けます。それであの味ができるのです。あの味は簡単には出来ないのです。

 大谷光照前門さまの『教えを仰ぐ』という本の中に、

「お浄土を見せたら信ずる、
 仏様を拝ませたら信ずるという人があるがそれは出来ない事である。
 見せたら信ずるという事は、あたかも食べた事のない珍しい菓物を出された場合に、
 先にその味を分からせてくれたら食べるとおなじ。
 先に味を知らせる事は出来ないので、食べているうちに、自然と味が分って来るのである。
 お浄土も仏様も、じっと聞いて居るうちに、自然と見たよりも、
 拝んだよりも確かに信ぜられるようになるのである」

とお書きになっています。

 味が分ってから食べるものではなく、食べるうちに味が分っていく。そして、その味のご苦労が私をつつみ込んで行くのであります。

 お茶・お花を習う前に、その奥深い事柄を分ってから、稽古をはじめようとする人は一生涯習うことはできません。

 稽古をやっているうちに自然と会得されていくのであります。

『聞法(1998(平成10)年9月21日発行)』(著者 :佐々木義信)より