沿革

念仏をきく③

 昔から、1年の計は元旦にありと、よく言われてきましたので、今年こそはと、思いを新たにしておわれるお方も多いことであろうと思います。この1年の区切りと言いますのは、過ぎし日々を反省し、これからの日々を考えます時に、1日、1ヶ月、1年と気分を一新してさらに向上目指そうとされた先人の生活の知恵でありましょう。

 過ぎし1年を振り返り、これからの1年を考えます時、私は大切にしていただきたい言葉があります。もう亡くなっておられますが、広島県の方で、岩本月州という、大変お念仏を喜ばれた方がいらっしゃいました。この方が、米寿のお祝いの記念に書かれた色紙の言葉です。「常に居ますを佛という。此処に居ますを佛という。共に居ますを佛という。この佛を南無阿弥陀仏という。このいわれを聞いて歓ぶを信心という。称えて喜ぶを念佛という」。私は言葉を昨年、入院いている時に味わいなおしておりました。

 頚椎の手術を終え、集中治療室での24時間を経て、病室へ戻った日のことです。まだ、麻酔も完全には切れていないし、痛み止めも飲んではいるのですが、激しい痛みのために病室に戻った夜は、結局一睡もすることはできませんでした。両手は点滴等で動かせませんし、首は固定されておりますので、動かすことができるのは目だけなのですが、じっと目をあけておりますと、乾燥して痛くなります。眠ろうと目を閉じても、痛みのために眠ることはできません。そんな時、先の言葉を思い出しました。「常に」「ここに」「共に」とは、言い換えますと、「いつも私と一緒に」ということですから、今こうして痛みに耐えている時も、一緒に涙してくださっているのが、南無阿弥陀仏の如来様であるということなのです。なぜかほっとしました。この状況を分かってくださっている方がいてくださる、そう気づかせていただき、少し気が楽になりました。

『北御堂テレホン法話 2009年1月より』