沿革

浄土真宗のご利益②

 いまから十数年前に出版された『日本一短い「母」への手紙』という本があります。これは福井県丸岡町が企画し、全国から「母」への熱き思いを募集し、寄せられた三万余通の手紙の中から秀作を選び、一冊の本にしたものです。その中の『一筆啓上』章に「お母さん、雪の降る夜に私を生んでくださってありがとう。もうすぐ雪ですね」という一編があります。この方の出産の状況が一体どのようなものであったのか知る由もありませんが、大変困難な状況の下での出産であったのかもしれません。

 「お母さん、いつもありがとうございます。母の日一日ではとても足りないくらいです」これは、私の姉が母の日にプレゼントした花かごに添えていた自筆のカードの言葉であります。母と同じく寺に嫁ぎ、三十六年。二人の子どもの母となり、長いこと同居していた夫の両親を見送り、やがて長男の結婚も経験し、ようやく自分の母の苦労にたどり着き、一年に一日のプレゼントくらいではとても足りない。ごめんなさい。と伝えているのです。ここにもまた、この母と、この子にしかない『一筆啓上』があります。しかし、肝心の私は感心するばかりで長年同居の母にはいまだ『一筆啓上』ができないでいる不肖の息子であります。

 近年、家庭内での殺傷事件が日常的に報道され、親と子が互いに殺しあったり、傷つけあったりするという悲しい事件が起こっています。それを見聞きするたびに、本当にやり切れない暗い気持ちになります。命が軽視される時代になり、ご恩を忘れ去る社会になってしまいました。私たちは両手を合わせ、み仏の限りない慈悲の心を家庭に取り戻し、人と人との命を繋ぐ、尊いみ教えを仰いでゆかねばなりません。

 産声をあげた私の命の誕生は、母としての喜びであり、また、母として生きる苦難の人生の始まりでもあります。「お母さん」と呼ぶ声。それはなんと温かい響きを持った言葉でありましょうか。私が母の名を呼ぶ声は、そのまま母が私を呼んでくださる声そのものであり、それは、母と呼んで欲しい、呼ばせたいと言う切なる親の願いの表現なのであります。南無阿弥陀仏とお念仏申すとき、阿弥陀さまが必ず救うと呼んでくださる大悲の母の声を感じることができましょう。念仏者は、ありがとうございます。もったいないことです。と深きご恩を知って、大いなる徳を報じていくことができる「知恩報徳の利益」をいただくのです。

『北御堂テレホン法話 2007年12月より』