沿革

法語を味わう①

 仏さまのお姿は私へのメッセージ

 最近、仏像ブームだといわれています。しかし、仏像は単なる美術品ではありません。それぞれの仏像には、奥深いメッセージが込められているのです。

 浄土真宗のご本尊は『阿弥陀如来』です。お木造の阿弥陀さまのお姿には、仏さまのお気持ちがメッセージとして表されているのです。阿弥陀さまの頭は、二段になっています。上に盛り上がった部分は『肉髻(にっけい)』といって、私たち人間とは比べ物にならないほどたくさんの智慧を持っておられるので、知恵袋のようになっています。眼は『半眼(はんがん)』といい、半分開いておられます。私たちを、慈悲の心でご覧になっていることを表しています。

 慈悲とは、同情とは違います。私の苦しみや悲しみを、阿弥陀さまは自分の苦しみ、悲しみとされるのです。慈悲とは、自分と相手との区別が無くなってしまうことです。

 手の指の間には、水かきのような膜があります。これは、すべてのものをもらさずすくい取り、決して見捨てないという心を表しています。足はへん平足で、土踏まずがありません。これは、足と地面との間に隙間がないということで、私たちと隙間ひとつ開けないように、いつもひとつにピタッとなってくださっている。ということを表しています。

 そして何よりも、浄土真宗の阿弥陀さまは前かがみに立っておられます。これは、行動する仏さまを表しているのです。苦悩の中に生きる私たちを救わんがために立ち上がり、私と命を共にして精一杯働いてくださる仏さまの慈悲を表した姿なのです。たとえば、ようやく歩き出した「危ない」ということも知らない幼子が、自動車の行きかう表通りへヨチヨチと出て行くのを見て、母親は家の中でジッと眺めて「危ないよ!」と叫んでいるわけにはいきません。どんな大事な仕事でも差し置いて、走って出て連れて帰ることでしょう。

 阿弥陀さまは、ただお浄土から呼んでおられるのではなく、苦しみ悩む私たちの人生の中に来てくださり、急いで救おうと働いておられるのです。

 そのようなお姿の意味を知って阿弥陀さまを拝見しますと、仏像の味わい方というものが変わってきます。不安な時代に、悩み苦しみながら生きている私の下へ来てくださり、私の人生すべてを支えてくださるのが、阿弥陀さまであります。

 どこへ行くか分からない私の命に、「仏の悟りの世界<お浄土>という世界があるのだよ。あなたを必ず連れて行って、私とおなじ仏にしてあげよう」と導いてくださるのです。

 仏さまのお姿は、私へのメッセージ

『北御堂テレホン法話 2009年12月より』